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極上の南高梅

極上の梅

粒が大きく、肉厚でしかも皮が薄い南高梅。 紀州みなべの太陽を浴び、美しい紅がさしています。南高という品種は、他の品種に比べてクエン酸の量が多く含まれています。クエン酸とリンゴ酸は梅の酸味そのものです。南高でつくった梅干は実がふっくらとして、箸でつまむと皮がすぐに破けてしまうくらい繊細です。

微笑むおばあちゃん完熟紀州南高梅

「南高」が梅干の最高品種である理由とは

粒が大きく、肉厚でしかも皮が薄い南高梅。 紀州みなべの太陽を浴び、美しい紅がさしています。南高という品種は、他の品種に比べてクエン酸の量が多く含まれています。クエン酸とリンゴ酸は梅の酸味そのものです。南高でつくった梅干は実がふっくらとして、箸でつまむと皮がすぐに破けてしまうくらい繊細です。甘いかおりと酸味が口いっぱいにひろがります。このような梅干は南高をおいて他にありません。

「南高梅誕生の地」の碑自社農園

最高の品種「南高」はいかに見出されたか

一本の原木から

「紀州ほそ川」の裏手を少し歩いたところに「南高梅誕生の地」と書かれた石碑が立っています。「紀州ほそ川」の梅畑がある、みなべ町の晩稲(おしね)は江戸時代に梅畑が開かれた地域です。「南高」は近年のように意図的に多くの品種をかけあわせてできた品種ではありません。たまたま晩稲の山林から見出したたった一本の原木を継いで、大切に大切に、一代一代守りながら増やしてきました。この一番最初の原木は内本梅原木として県の天然記念物に指定されています。晩稲(おしね)の自然の中でひっそりとたくましく生きていた一本の木。そしてそれを見出し、大切に大切にに受け継ぎ、一本一本増やしてきた先人の努力に「南高」のルーツがあります。

「南高」の歴史を紐解く

南高の歴史

明治12年、内本徳松がみなべの晩稲(おしね)に購入した山林に生える良種の梅を発見し、母樹として繁殖させました。内中源蔵が自らの開墾地に内本徳松が発見した優良種を植樹します。明治35年、みなべの晩稲に住む高田貞楠が近所から購入した内中梅の実生60本の中に美しい紅がかかる木を発見し「高田梅」として育てます。昭和6年、小山貞一が高田梅の穂木を譲りうけて高田梅を継承します。 昭和25年、谷本勘蔵の提案により、梅優良母樹調査選定委員会が設立され、37品種を選定して5年間にわたる調査を開始します。厳しい選定が行われた結果、選定2年目に14品種、3年目には10品種に絞られました。 昭和29年には、7系統が選抜されます。その中でも「高田梅」は最も高い評価を受けました。南部高校園芸課の生徒たちの調査研究への協力を配慮し「南高」と名付けられます。昭和38年、種苗名称登録※を出願。昭和40年、農林大臣により名称登録が認可されます。(登録第184号)

※品種の新規性や、優れている点について厳しい審査を受けたものに与えられます。

「南高」のルーツ

その土地にはその土地の植物が根付きます。「南高」の原木がみなべの山林からみいだされたということは、みなべのあたたかな風土こそがこの木に最も適した環境条件であることを教えてくれます。みなべの気候と土壌が最高の「南高梅」を育むのです。みなべの山野に茂る樹木。「南高」の原木もこのように人知れず生きてきたのでしょうか。

紀州南高梅

みなべの梅畑。その大部分は黒色をした瓜谷塁層の上にあります。この地はやせているため、米作には向いていませんが、「南高」にとっては、最高の条件がそろっています。梅畑は風化した泥岩につくられます。ここは水はけがよく、空気の出入りも良いため、酸素を多く必要とする「南高」の生育にぴったりなのです。また、梅は生育に多量のカルシウムを必要とします。この土は炭酸カルシウムからできているため、天然の肥料となります。良質な梅を育てるために不可欠な条件:養分・水分・pH・通気性がみなべの土には揃っているのです。

みなべ沖に浮かぶ無人島の鹿島みなべの気候

最高の「南高」を育てるための条件:みなべの気候

晴れるときは澄んだ青空。降る時はどしゃぶりの雨。この気候が梅の生育に大変適しています。紀伊水道に流れこむあたたかな黒潮のおかげで、この地域は年間を通して温暖な気候を保っています。年間平均気温が16℃~17℃という常春の国と呼ばれるのはこの黒潮の影響でです。みなべ沖に浮かぶ無人島の鹿島にはかつてオオタニワタリなどの亜熱帯性の植物も自生していたほど温暖な環境です。みなべは降水量が多いのも特徴です。年間降水量は1600mm~2000mm。まるでスコールのようなどしゃ降りに見舞われることもしばしばです。しかし晴れるときにはからっと晴れわたります。「雨がよく降り、日もよく照る」という気候が、梅にはぴったりなのです。このように、土と太陽と雨と潮が上質の「南高」を育んでいます。

微笑むおばあちゃんみなべの潮と太陽と雨と土が梅を育む

最高の「南高」を育てるための条件:みなべの人
ひっそりと息づいていた一本の原木。その原木と人が出会い、その成長を見守ってきました。みなべの丘にあがるとその木の子孫が一面に広がっているのが見えます。人とその木の出会いがなかったなら、この光景は今と違っていたにちがいありません。
なぜ人にそれができたのでしょうか。それは彼らが知っているからです。梅を育てるのは人ではなく自然であることを。ここの人たちはそんなふうに梅と向き合っています。